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猫と少女のおはなし時は二十一世紀、私はインドのスラム街で生まれました。名もない灰色の猫です。 私のそばにいてくれる少女がいました。生まれたばかりの私を拾って今日まで育ててくれました。育てるといっても、与えられる餌があるわけではありません。ただそばにいてくれました。 少女の体は、当然やせ衰え、目だけがギョロっと飛び出て見えます。私を優しくなでる指も棒のように細長く、私の背骨と少女の指の骨がコツコツとあたり、かろうじて私の短い毛が痛みを半減してくれました 少女の家族は、両親と兄の四人家族です。暗く狭い空間に四人はじっと静かに暮していました。体力の温存と、表現してよいのでしょうか。暗闇の中で八つの大きな目が、どこを見るともなく光っていました。 なぜだろうか。このスラム街を出れば、私はほかの豊かな街で、自由に暮すことができるでしょう。しかし私は、この少女のそばを、一家のそばを離れることができませんでした。 太陽の日差しが照りつけると、ここは四十℃以上になります。人がよせかたまって暮すこの周辺は、非常に風の通りが悪いので、ゆだるような暑さです。そんな日は、日陰でいつも以上にじっとしているしかすべがないのです。わずかな雲が太陽の前に流れるのを願いながら。 そして、夕暮れにはバケツをひっくり返したような雨、スコールがやってきます。この雨は一気にそれまでの熱を奪い、今度は逆に凍るような寒さになってしまうのです。街の人たちは、降り始めの雨でのどを潤し、暑さを静めたら、すぐに体温が逃げないように努めなければなりません。私は少女に抱えられ、私の毛が少女の体温を保ってくれるのでした。 朝が来ることに、その日一日生きていることに、一家は感謝を捧げていました。 ![]() ある日、街に白いサリーを来た女性がやってきました。少女がシスターと声をかけたので、シスターという方なのでしょうか。 シスターは、少女の家に案内されました。シスターが目にした光景は、信じがたいものだったのでしょう。憐れみと驚きを隠せないようすでした。 ![]() シスターは、持っていたわずかなお米の袋を少女の母親に渡しました。今にも泣きださんばかりのシスターの前で、少女の母親はそのお米をさらに開け、手で半分にかき分けていました。それをシスターは不思議そうに見ていました。シスターの疑問を察知したのでしょう。母親は言いました。 猫の私には、わからないことです。少女の一家が貧しいことも、シスターが泣くことも、そんなシスターが、私が今まで見たことも無いほどにふっくらしている人なのも。 暑さを一緒に耐えたり、寒さを一緒にしのいだり、貧しさを分けるのは当然の街でした。少女の一家が特別なのではありません。隣の家にシスターがお米の袋を置いたとしても、同様の結果になったことでしょう。 では、この街が特別なのでしょうか。この街の環境が人たちに何かするのでしょうか。ほかの街の人たちと、どのように違うと言うのでしょう。猫の私には、同じ人間に見えます。私をなでる手はみんな同じ形をしていますし、見つめる目はみんな、たとえ一つであっても、同じに輝いています。 シスターの驚きようをみると、少女の母親の行為は、普通のことではなかったのかもしれません。シスターは私にこっそり言いました。 Copyright (C) 2000-2003 Kiyokku, All rights reserved. |